占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂第26話「水を飲みに行く」

夜中、ぼくはふと目を覚ました。

(お水、飲みたいな)

ここは、お店と同じフロアにある
ぼくの居室。

ぼくの居室には、

ベッドと、
小さなベッドサイドテーブル。

それですべてだった。

そのほかの生活に必要なものは、
ぜんぶお店のほうに置いてある。

サイドテーブルの
オレンジ色のランプの明かりをつける。

テーブルに置かれた水差しには、
水が入っていなかった。

そこで、ぼくは
お店のウォーターサーバーまで、
水を取りに行くことにした。

ガウンを軽く羽織って、
居室のドアを開ける。

ドアを開けると、
すぐエレベーターホールだ。

緑色の明かりに浮かぶ空間が、
ドアのすぐ外にあるのが、
とても不思議な感じがする。

緑色の非常灯がぼんやりと照らす
夜中のエレベーターホールは、
見ようによっては宗教画みたいで美しい。

また見ようによっては、
お化けでも出てきそうな、独特の雰囲気がある。

でも、少なくともこの三階の、
このフロアには、

お化けが出てくる確率は、たぶん、ほとんどゼロに近い。

だって、好き好んで、
ぼくの居住エリアに姿を現すような物好きは、
あまりいないと思う。

ぼくは電源パネルに手を触れない。

暗がりに目を凝らしたりもしない。
慎重に歩を進めたりもしない。

なぜならば、
そこになにもいないことが
分かっているから。

ぼくは、ひとりポツンと
エレベーターホールに立って
緑色の非常灯の光を眺めていた。

階段に続くドアはしまっているので、
いま、このホールは

完全にぼくの
プライベートスペースみたいだった。

だから、
居室のドアの鍵は掛けなかった。

もうすっかり身体が
動作を覚えているから

鍵穴の位置を目で確認しなくても
大丈夫なんだけど、

なぜか鍵束を持った左手が
うまく鍵穴を探せなかったからでもある。

鍵束を右手に持ち替えて、
防火扉の鍵を開ける。

防火扉を開くと、
同じく緑色の非常灯に照らされている

お店の前のエントランスと
お店の扉が見える。

ぼくは左利きだけど、
最近は右手のほうが
上手に動く。

右手でお店の扉の鍵を開けて、
外の夜の光が窓から差し込んでいる
店内に入った。

照明はつけなかった。

薄闇の中で、右手でコップを取ると
隅のミニキッチンのウォーターサーバー
から水を注ぐ。

そのままソファまで行き、
身体を沈めると、

ぼくは、水を飲んだ。

さあ、もう戻ろう。
ぼくは、空になったコップを
目の前のソファテーブルに置くと、

お店の扉と防火扉をそれぞれ施錠して、
居室に戻った。


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