
占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂第29話「迷宮を作る」
閉店間際。
ぼくは、自分で定めた手順通り、
閉店の作業をしていた。
天井の照明を落とし、
バンカーランプの明かりは残す。
カードを片付け、
布を畳み、
テーブルを拭く。
ガチャン、と
店の扉がやや乱暴に開いた。
【筋】の道具屋だった。
肩で息をしながら、扉のところに突っ立っている。
「リノルナさん、お元気でしたか」
「はい。道具屋さん、
お久しぶりな感じがしますね」
「いや、やっとたどり着きましたとも。
最近ではリノルナさんのところまでの道筋がまことに複雑怪奇でしてね、
わたしは途中、何度も、このまま野垂れ死ぬんじゃないかと」
道具屋はそのまま、店内を進むと、
鑑定台ではないほうの、いつもの椅子に座った。
「リノルナさん、店内を改装なさったんですか」
「いいえ。特には、なにも。
すべて以前のままだと思いますけどね」
道具屋は店内をキョロキョロと見回す。
「なにか、最近変わったことありましたか。
いえ、これは、その個人的な興味から聞くのですがね」
「さあ、特には。
あ、最近はこのフロアに部屋をもうひとつ借りて、
ここで暮らすようになりました」
「部屋をもうひとつ?」
ぼくは、ミニキッチンで湯を沸かし始めた。
道具屋が来ると、動線がひとつ増える。
「じゃ、今日はお久しぶりなことと、ご慰労を兼ねて、
お茶2つ出しますね」
道具屋の前に湯飲みを2つ置く。
「やや、リノルナさん。これは」
「どうされましたか」
「いや、わたしはどちらのお茶から頂けばよろしいので?」
「好きなほうを先に、飲んでください」
道具屋が手をのばしかける。
「どちらも同じですから、どちらを選んでも同じです」
「あんた、妙なことを言わないでください。
それじゃわたしは選べないじゃないですか」
「お好きなほうを選んでください」
道具屋は二つの湯呑から出る湯気を
交互に、ぼんやりと眺めていた。
「今日はご用事があるんですか」
「はあ。じつは用事があって来たのですが、思い出せません。
いま思い出そうとしているのですがね」
「メモは取らなかったのですか」
「メモを取るわけには、いかないのですよ」
「まあ、ぼくもメモは取りませんけどね。
だって、取っても忘れてしまうんです」
「リノルナさん」
「はい」
「今日はご挨拶だけ、ということで。
また参ります」
道具屋は店を出て行った。
二つの湯飲みには、一度も手を付けなかった。





