
リノルナは人形部屋の隅で壁を向いて正座をして、ある作業をしております。急がなくてはならないのに、この作業には手順があるので、ゆっくりとしか進みません。
ぼくの背中には、赤い着物を着たお化けがしなだれかかるみたいにぴったり体を寄せて、刃物をつけた両腕をぼくの首に巻き付けています。後ろからぼくの首を切り落とすつもりなのでしょうか。
ぼくは恐ろしすぎて背中が冷や汗でベッタリです。そしてすごく嫌なことを考えてしまいました。このベッタリした感触が冷や汗ではなくて、こいつの赤い着物からしたたっている血みたいな液体だったらどうしよう。
「まち針の山の中からひとつだけ。いちばん良いまち針を一本。これをわたしに」
「そして、これをここに。ここはわたしの場所」
まち針を人形部屋の隅に突き刺すと、ぼくは膝立ちになってすこし隣に移動し、ふたたび座ります。そいつもぼくの背中に張り付いたままいっしょに移動する形です。まるでそいつをおんぶして歩いているみたい。まち針を取り出すたびに、そいつは物珍しげに顔を近づけて、まち針を見つめています。
(見世物じゃないのよ。おまえをやっつけるためにやってるんだから。)
人形部屋をまち針の結界で覆うためには、あと3本くらいまち針が必要です。ぼくは後悔していました。部屋の四隅に1本ずつならば、まち針4本でよかったことに気がついたからです。まち針に自分の霊力を移しすぎて、貧血になってきました。耳なりがして、吐き気がして、くらくらして、体が鉛のように重くて、視野が暗く閉じて万華鏡を覗いているみたい。
恐ろしいことにそいつとぼくの体が溶け合って境界線がなくなってしまったように感じられます。ぼくの首にそいつの刃物が食い込んで、ぬるぬるした生暖かい液体が流れ出しているのが分かります。こいつは女物の着物を着ているけど男の子なんだ、と分かります。血を分けた兄弟みたい。弟みたい。身内みたい。そしてこのままこいつに気を許してしまいそうなのが、とても恐ろしい。
ぼくは最後のまち針を人形部屋の畳に突き刺しました。体がフワッと軽くなったのを感じます。
「できた!」
ぼくは身をよじってそいつに向き直るがはやいか、全体重をかけてそいつの顔面に渾身の左ストレートを叩きこみました。グニャリと、パン生地を捏ねるときみたいな感触がありました。ぼくはそのまま、畳の上に倒れ込み、気を失いました。





