
リノルナはまち針を見つめ続けます。それはもうなんだか自分がまち針になっちゃったぐらい見続けていました。すると突然、体のなかでダウンロードとインストールが始まりました。
体が痺れて動けなくなり、右手の手のひらが針が刺さったみたいにチクチク痛みます。そのうち右手の手のひらにどっさり山のようにまち針が載っているのが分かりました。
ぼくは「まち針」を手にいれました。
これは結界を張るための道具。
「まち針の山の中からひとつだけ。いちばん良いまち針を一本。これをわたしに」
とぼくは言いながら、左手の人差し指と親指を使いまち針を一本取り、自分の胸のあたりに針をかざします。ジクッと胸元に鋭い痛みが走りました。
「そして、これをここに。ここはわたしの場所」
ぼくは胸元の血でぬらぬらと赤く染まったまち針を、膝元のすぐそこの絨毯に突き刺しました。なんとなく使い方が分かりました。きっとこれで直線を作ったり、四角く囲ったりして結界をつくるんだわ、まち針を何本も使うんでしょう。頭が重くクラクラします。だいぶん霊力を消費するブツのようです。
絨毯の上で寝そべっているうちに、眠っていたようです。いつのまにか祖母が目の前に正座をして座っていました。
祖母がお話しを始めましたので、ぼくも正座をしてお話しを聞きます。どれにしましたか?と祖母が尋ねます。まち針にしました、とぼくは答えました。
「しっかりと、よく聞いてください。リノルナちゃんの中に芯を作るのが大事なことなのです」
と祖母は言いました。ぼくの中に芯が出来たら、憑依されない。でも芯を作るのはとても難しい。強い意思の力が必要。ぼくは背筋をピンとさせました。それからぼくは「人形部屋」に行くことになりました。
祖母からお話しがあったあと、ぼくはいつも「人形部屋」にしばらく入ります。物置に使われている納戸のことなのですが、人形が何体か置いてあるので「人形部屋」とぼくは呼んでいます。祖母の部屋から裏の障子を開けて、裏庭の縁側みたいな廊下を歩くと突き当たりの左手に引き戸があります。ここが納戸の入り口。位置としては家の中心にあって、真四角の四畳半くらいの畳張りの部屋です。
麻紐で縛った古新聞や古雑誌が隅にまとめられ、箱がいくつも天井まで積み重ねられています。背の低い古びた棚がいくつかあり、折り畳みのテーブルが壁に立て掛けられています。人形が3体、棚の上に載っています。窓はありませんが、引き戸の隙間から外の光が少し入るので薄闇です。もう少し薄闇に目が慣れたら、本を開いて挿し絵を眺めることが出来るようになるでしょう。
でも、この部屋はとても恐ろしいのです。怖いお化けが出るから。
カチン。
と部屋の奥で音がしました。人影が見えます。ぼくと同じくらいの子どものサイズ。赤黒いボロボロの振り袖の着物を着ているようにも見えます。目を爛々とさせて、引き戸の付近で身を縮めているぼくを見つめています。片方の足には足袋を履いているようですが、もう片方は素足。着物が歩きにくいのか、怪我をしているのか小股で変な足取りでぼくのほうにゆっくり歩を進めます。両腕を重そうにだらんと下げ、両手が畳につきそうです。振り袖の裾が畳に擦れてシュッと音がします。両手の先からポタポタとなにかが滴り落ちます。
両手に一本ずつ重くて大きな刃物を握っているのです。血糊と脂で刃物の柄と手が癒着して、長い腕のように見えるのです。
そいつはもう目と鼻の先。ぼくは座り込んだまま腰が抜けてしまって、身動きが取れません。そいつの着物の腰のあたりがぼくの眼前にあります。絶対に目を合わせてはいけない。上を見てはいけない。
そいつはぼくと目を合わせるために、しゃがみこんできました。ぼくは目を伏せます。そいつの吐息が顔にかかるのを感じます。これはもう殺される感じです。
ふと、ぼくの右手がジクジク鈍く痛みました。右手の手のひらの中に、山盛りになりあふれんばかりのまち針がキラキラ輝いていました。





