
視覚的に「見る」という能力がブロックされている影響で、リノルナにはもう赤い着物のあの子の姿を見ることが出来なくなっているのだけれど、たしかにぼくの背後にいるのが感じられました。
まるで夜空に浮かぶお星様たちみたいに。無限に続く虚空のなかを、木星が燦然(さんぜん)と輝いているみたいに。それが目を閉じていても分かる、そんな感じです。
ぼくの背後のパワーは至近距離にいてユラユラ揺らめいている。赤い着物のあの子です。移動を始める準備をしている。もうひとつはぼくの右斜め前、障子の向こう側、仏間の外にいて、距離にすると3メートルほどの距離。灰色にくすんでいるように感じる。蜘蛛のお化けです。こちらは動き出す気配は感じない。
ぼくは仏間の中央の電灯の下のあたりで、畳の上に足を崩してぼんやり座っていました。いったいいつからここに座っていたんでしたっけ。何をしていたのだったか、ぜんぜん覚えていません。目の前には、水の入ったコップと小皿に載った甘いお菓子がある。コップを手に持って口元に持っていく自分の手が見えます。お水を飲み、コップを置くと、今度はお菓子をひとつまみ、口の中に運ばれていきます。口の中に甘納豆みたいな甘い味が広がります。
ぼくは熱に浮かされたみたいに、なんだか機嫌が悪そうに目を伏せたまま、低い声で、次のようなことを口走ったと思います。
「ここはわたしがお水を飲み、お菓子を食べる場所だ。出ていけ。さもなければ・・・」
ぼくの背後にいた揺らめく感じの気配がふと、ゆっくりと前方に移動を始めました。ときどき立ち止まったり、またふらふら歩きだしたりして。獲物を前にして気づかないふりをして、遊んでいるみたいに。獲物をいたぶっているみたいに。
<カチン>
と金属音がしました。畳のはるか下のほうで何かが這いずるような、ゴトンッガコンッと地鳴りのような音が響きます。家の柱や天井がミシミシと音を立てて軋み始めます。それから間を置かず、立っていられないほどの大きな地震が家を襲いました。
いまから思えば、これがお化け退治の始まり。マイ・ファースト・お化け退治。
リビングに一族が集まりました。地震はあれきり起こりませんでした。被害の状況はせいぜい物が倒れる程度でしたが、プー太郎の伯父が家を立て替えた方がいいと大熱弁をふるい、その場の全員から却下されました。
「地震じゃないのかもしれないですね。本当はリノルナちゃんがやったのではないかとわたしは考えています。そのようにわたしに予知されているからです。伯母ちゃんにだけ、内緒で教えてもらうことは出来ませんか? あ、否定形で終わる問いかけはリノルナちゃんにはまだ難しかったかもしれません。わたしの不徳のいたすところです。わたしのほうが年長者であることをうっかり忘れていました。言い直します。伯母ちゃんにだけ、内緒で教えてもらうことは出来ますか?」
伯母がささやくような声でぼくに尋ねました。ぼくがおぼんに水とお菓子を載せて、しずしずと仏間に入っていく様子を見ていたそうです。二人は内緒話をするために仏間に移動しました。
「知りたい理由を説明します。リノルナちゃんは、あのとき巫女さんみたいだった。あの様子を見て、リノルナちゃんには巫女の才能があるんだとわたしは思った。あの自動人形のような状態は、わたしの知識の中では『おつとめ』とか『おやくめ』とか『よりしろ』という分類に当てはまる。だからリノルナちゃんが何をしたのか気になって、それであのように問いかけました」
「たぶん、わたしはお化けをやっつけました」
なぜならば、蜘蛛のお化けの気配がなくなっているからです。赤い着物のあの子の気配は感じるけど、場所は特定不能。
「なるほど。分かりました。では、リノルナちゃんには巫女の才能がある。その上でリノルナちゃんにわたしから忠告というか、参考にしてほしいことがあるんだけど聞いていただけますか。でもリノルナちゃんの人生はリノルナちゃんが決めるべきだとわたしは考えるので、もしかしたら余計な混乱を与えるだけかもしれないけど、わたしは聞いてほしいと思っている」
わたしたち一族の命運はすでに尽きていて、あとは自然にちりぢりに散らばるだけ。この家と土地はやがて弟のものになる。それはわたしに予知されているところ。そして 現象面で言っても、わたしも妹も女の子を産まなかった。女から女が生まれなかったので、未来永劫、将来世代に力の移行がなされることがなくなった。だから、わたしたち一族の力はすでに絶えていると言ってしまっても言い過ぎではない。ただリノルナちゃんに力の移行がなされたのは不思議なことだけど。
「リノルナちゃんがお化けに興味があることは、わたしに予知されている。同時にリノルナちゃんは占いを覚えて、占い師になって生計を立てている。これもわたしに予知されるところ。だからわたしは言います。リノルナちゃんは一族を離れ、自由に生きる。各地のお化けを退治してまわる。そして占い師になる」





