
3日目。祖母が連日の過労で寝込んでしまったので、母といっしょに家の近所の神社へ行きます。
見渡す限りの田園地帯で、高い建物がありません。というよりも建物がほとんどありません。水を張った一面の田んぼに青い空が写っていて、遠くで小鳥のさえずりが聞こえます。遠くには神社の鳥居が見えます。それが今回の目的地です。
神社へのあぜ道を歩く間、母はずっとしゃべり続けます。母はおしゃべりが大好き。しゃべっていないと不安なのです。おかげでぼくは聞き役をするのがとても得意になりました。夜寝る前におしゃべりが始まると、朝方まで眠ることなくずっとしゃべります。ぼくは途中、寝落ちしながらも聞き役をし続けます。だからよく学校を遅刻します。そして寝不足のまま学校へ行き、貧血で倒れて保健室で眠る、という感じ。
その母の話によると、曾祖母の屋敷はここから山をいくつも越えたところにあるけれど、風景はとてもよく似ている。でも曾祖母の屋敷のまわりは遠くの山の麓まで、まわり一面菜の花畑であることが違っていて、それはとても美しいのだそうです。
「お米を作るより、菜の花油の生産の方がみんなが豊かになるんだって。おばあちゃんが村のみんなに話して、そうなった。わたしは単純に黄色の花畑がきれいだなって思ったんだけど。リノルナに見せたいな。すごくきれいだからさ、山の方まで隅々まで黄色くて。あー、わたしおばあちゃんに会いたいなあ。おばあちゃんはわたしのこと天真爛漫って褒めてくれる。でも、おかあさんはわたしのこと嫌いなんだ」
戦後の農地改革までは曾祖母の屋敷は庄屋と呼ばれ、小作人をたくさん抱えていた。曾祖母は村人の尊敬と畏怖とを集めていたけれど、とうの本人はそんなことに頓着せず、まるで永遠の少女のように子供っぽく、そして慈愛に満ちていて、村のため以外にはその千里眼を用いることはなかった。
祖母は曾祖母の長女として生まれた。曾祖母のことを間近に見て育ったが、古臭いしきたりが息苦しく、あまり修行をせずに師範学校に進み、科学的な合理精神を身に付けた。
いつのまにか、二人は鳥居のそばまでたどり着いていました。
「リノルナ。見えるかな。この鳥居の横になってるところに石がいっぱい乗ってるでしょ。これ全部わたしが乗せたんだ。ここから石を投げて、上手く鳥居に乗ると願いが叶うんだ」
東京に行くこと。バンドを組んで歌をうたうこと。結婚すること。リノルナを産むこと。全部叶った。
「リノルナもやってごらん。リノルナはなにを願う?」
「わたし、いい子になりたい。『普通』でいて、みんなの役に立ちたい」
「へえー、リノルナはそういう願いなんだ。わたしは悪い子になりたい。悪い子になって、ものすごい力を手に入れて、好き放題気ままに生きていきたいな。わたし6月6日生まれだから、素質あると思うんだよなあ」
母とぼくとでそれぞれ地面に敷かれた玉石を拾うと、鳥居に向かって石を投げ始めました。ぼくの投げる石は、そもそも横木まで届いていません。やがて母の投げた石が神社の名前が書かれたプレートに当たり、ものすごい音を立てました。
参道の向こうから宮司さんがなにか叫びながら、こちらに向かって走ってきます。
「リノルナ。逃げよう。大丈夫、あの神主さんとは昔から知り合いで、仲良しだから」
母はきびすを返すと一目散に走り始めました。ぼくも慌てて母の後を追いかけました。





