(その1へ)

今日は2日目。祖母とリノルナはバスに乗って、町の方に行って海辺の高台にある神社に行きます。着るものは普段着でよくて、ポシェットも持って行って良いのだそうです。

「明治通り」という広い通りでバスを降りますと、まず人間たちの数の多さに圧倒されます。車も渋滞気味で、時おりクラクションが響きます。通りにはお店が立ち並び、人々が賑やかに歩いています。明治通りのすぐ際から小さな丘が始まり、丘の頂上まで「表参道」という石段が伸びています。丘の頂上には日本3大愛宕神社と言われる「鷲尾愛宕神社」があるのです。ちなみにあと1つは東京、もう1つは京都にあると言われます。

人々が一見楽しそうに、じつはせかせかとイライラと道を行き交います。人々から得られるそうした感じと、「明治通り」「表参道」といった地名のイメージから、ぼくは東京の暮らしを思い浮かべました。

神社に続く石段も大変に混雑しています。丘を登ると、神社もありますが、なにより博多湾を眺望する絶景が楽しめることもあって、人々はめいめいに信仰の証をたてに来たり、観光を楽しみに来ているのでしょう。

この丘は今は「愛宕(あたご)山」と呼ばれています。昔は「鷲尾(わしお)山」と呼びました。それ以前の呼び名は分かりません。そもそもこの丘自体が強力なパワースポットなのです。

ぼくは全身にビリビリと電気が走る症状がずっと続いていて、それが丘に近づくにつれて感電の強度が激しくなるので、恐ろしくて顔を上げることが出来なくなりました。

石段を半分登ると休憩ポイントがあって、そこにはお茶屋さんがあります。今日のことが全部終わったら、帰りに甘いお団子とお茶を頂きましょう、と祖母が言いました。石段を半分登ったところで、祖母は心臓の薬を飲み一休みしました。

ぼくは「足が棒になる」という祖母の言葉を聞いて、どこかの敵対者の呪いかこの丘の防御結界の力によって、本当に祖母の足が木の棒に変化するのだと思い込み、震え上がりました。まだあまり言葉を知らないこともありましたが、それほどこの丘のパワーが強かったのです。

頂上の神社で二人は参拝を済ませました。祖母は懐から特別な振り子を取り出し、ぼくの目の先でゆっくり振り始めました。

「ではリノルナちゃん。気を楽にして、自由にしてください。いまからは人目を気にしないで。おばあちゃんにはやり方を教えてあげられない。その力もない。神様からお力添えを頂きましょう、もうお化けを見なくても良い、リノルナちゃんがやりたいようにやって良い、この場所でも良い、隅の方に行っても良い、目をつぶっても良い、開けたままでも良い、手を広げても良い、手を広げなくても良い・・・」

祖母の言葉を聞いているうちに、ぼくはだんだん頭がぼうっとしてきました。ぼうっとする。ぼう? そういえば、棒になった祖母の足からは、根が生えてくるかしら?と、しばらくぼんやり考えていましたが、やがてなにも考えが浮かばなくなりました。足が勝手に動きだし、お社の裏手の海がよく見える方にビリビリ痺れる体がゆっくり運ばれて行くのが分かります。そこでぼくの意識は飛びました。

「・・・これで良い。これで済んだ」

深い眠りから覚めたみたいに、ぼくの意識が回復し始めたとき、誰かが話している声を耳にしました。日がすこし傾いています。だいぶん時間が経ったみたい。まわりには祖母のほか誰もいません。ぼくの意識が戻ったのが分かったのか、祖母がぼくの方を見ました。でも、あれは祖母の声ではなかったような。

「わたし、いまなにか言っていましたか?」

ぼくは祖母にたずねましたが、祖母は首を振るだけで、答えてくれませんでした。

「リノルナちゃんは本当に上手くやり遂げました。これでもうお化けを見ないで済みます」

帰りはお茶屋さんに寄らず、まっすぐ帰りました。ずっと立ち尽くしていたので膝が固まっていて、帰りの石段を下りるのにとても苦労しました。「足が棒になる」という慣用句の意味を祖母からはじめて教わりました。

(その3へ)