
母はリノルナのお腹の上に、試しに黒い石を乗せました。とたんに、お腹をえぐられるような激痛が走ります。
「どう? そっか。リノルナわかった。ちょっと強いか」
母は黒い石を止めて、白い石をぼくのお腹の上に乗せました。今度はお腹のあたりが湯タンポを乗せたみたいにじんわりと温かくなってきました。
「よし。じゃあ白い石でいこう」
母はぼくのおへその回りを時計回りに円を描くように、白い石を動かします。
「お腹が温かくて、気持ちいい」
「オーケー。リノルナ続けよう。これでキミはだいぶチカラが回復する。そして少しだけ強くもなる。キミは男の子だから、本当に少しだけだけど」
そうか。ぼくは男の子だから、少しだけ強くなるんだ。お腹の痛みが引いてきたので、ぼくは安心し、眠りに落ちていきました。
母方の一族の女の人たちは全員なんらかの霊能力を持っています。反対に一族の男の人たちに霊能力を持っている人はいない。ぼくはとても特殊な存在です。一族の中でとても力が弱いので、定期的に九州に帰り霊的なメンテナンスをするのです。
その後、母のアイテムの力でぼくの体調は回復しましたが、残念ながらお化けは取り憑いたまま。そしてその間、何度もお守り袋の中身を交換しました。
お店から品物を万引きし、捕まり。外に出してあった古雑誌の束や、廃屋になった作業小屋に放火して、捕まり。教室から失踪し。建物の二階から飛び降りて気絶し。車道に飛び降りて、車に跳ねられ。補導されて児童相談所に連れていかれ、精神科の治療を受け、お薬を処方されました。
大人用の一錠を4つのカケラに割って、一回につき一カケラをお水で飲みます。すると、ぼくはとてもおとなしくなります。テーブルの前におとなしく正座して座り、目の前にある漢字ドリルを見つめ続けます。そのかわり、ぼくの精神活動はすべてフリーズするのです。
フリーズしたぼくの目の前に、「足のお化け」が立っています。見上げたら、そいつの顔が見えるのかもしれませんが、首を上げたり、目を動かすことができません。薬の力なのか、お化けの力なのか。なにも分かりません。体を動かす方法が思い出せません。口許が弛緩して、よだれがこぼれ落ちます。でも体を動かせない。
きっと、ぼくはこのまま死んでしまうのでしょう。
薬の処方は、中止されました。
夏休み。ぼくは母方の実家にいました。そこでもぼくはお店で万引きをして、捕まりました。祖母がお店の事務所まで、ぼくを迎えに来てくれました。二人で歩いて家まで帰りました。
「リノルナちゃんは、誰よりも頑張ってる。おばあちゃんには分かる。だって、リノルナちゃんは何も知らないんだもの。本当はリノルナちゃんのお母さんが、キミに教えなくてはならなかったんだけど。でもあの子もね、キミに教えられるほど知らないの。高校を卒業したら、ゆっくり教えようと思っていたんだけど、あの子、高校を卒業したとたん、出て行っちゃったものだから。だからおばあちゃんがいまキミに教えることにする」
祖母は廊下の奥にある部屋にぼくを案内しました。
「リノルナちゃん。このおばあちゃんのお部屋のなかで、『探し物遊び』をして遊びましょう。このお部屋のなかで、リノルナちゃんが好きなもの、欲しいものがあるかな? リノルナちゃんが、リノルナちゃんのために自分で探すの。見つけたら、手には取らなくていい。そのかわり、分かるまでじっと見つめてみて」
ぼくは敷かれた絨毯の上に正座をして、時間が止まったみたいに静かな祖母の部屋に置かれている品物を順番に見ました。足踏みミシン、古い扇風機、文机、筆立て、お裁縫箱。
お裁縫箱のピンクッションに刺さっている、まち針。
まち針にぼくの目が止まりました。祖母はそっと立ち上がると、しずかに部屋を出ていきました。





