占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂第54話「紅茶お化け」

夜。だいぶ時間が経ったころのこと。

ぼくは、安楽椅子に深く腰を掛けていて、
その時間が来るのを待っていた。

このビルの中では、
この部屋が一番好きかもしれない。

まず、この安楽椅子があったこと。

あとは、ここにいれば
紅茶を淹れてもらえるおまけもつくことも知った。

ここは、廃ビルの一室で、

期間は決まっているけど、
どこでも好きにしていいことになっている。

電気は通っていないので、明かりはつかない。

部屋の隅に、マグライトの頭を取って、
白いコンビニ袋を被せて、明かりを灯した

大きなろうそくみたいな即席照明が
四方を明るく照らしている。

砂ぼこりの溜まった床。

部屋の中央には、

みかん箱が、

正しい位置に設置されている。

このみかん箱の位置を特定するのに、
すごく苦労したんだ。

そろそろかな。

ぼくは、リュックから
お気に入りのティーカップとソーサー、

それから保温ポットを取り出して、

みかん箱の上に、きれいに並べる。

畳まれた言葉を展開する。

まことの呼び魂、まことの呼び魂よ、
招きなお──、内より招きなお呼びよ、

コンコン。

と、ドアをノックする音が聞こえた。

ドアは閉まっている。

ギィっと、
ドアが開く音がする。

ドアは閉まったままだ。

気配が部屋の中に、入ってきた。

そいつは歩いて、部屋の中央まで来ると、
足を止めたような気がする。

ぼくは、みかん箱の上の保温ポットを手に取ると
蓋を開ける。

紅茶とともに、ストロベリーの甘い香りが広がる。

いま、
そいつはぼくのティーカップに紅茶を注いでいるはずだ。

ぼくはいま、
そいつに紅茶を淹れてもらっているわけ。

そいつは、みかん箱のそばに立ったまま、
お給仕をしているつもりなんだろう。

ぼくは、保温ポットからフレーバーティーをティーカップに注ぐ。

店の近所のデパートで買った、お気に入りのやつ。

「ストロベリー・フィールズ」といって、
アッサムティに、キャラメルとイチゴとバニラビーンズが入っているんだ。

廃ビルの室内は、甘い香りでいっぺんに華やいだ。

「だれかに淹れてもらう紅茶は、おいしいな」

ぼくは、安楽椅子に座って、紅茶をゆっくり味わった。

カチャっと、音がした。

お化けが――

出ていこうとして、ドアノブに手を掛けたのか。
もう出ていって、ドアが閉まる音だったのか。

それはよくわからない。

コンコン。

と、ドアをノックする音がした。

ドアが開き、スーツ姿の人影が室内に入ってくる。

「リノルナ。お迎えにあがりました」

「ああ。おまえ。ちょっと見てよ、この紅茶システム。
とくに、みかん箱の配置なんだけど。素晴らしく完璧だと思わない?」

「リノルナ。そのみかん箱に置かれている紙片を、お気づきになられていますか?」

みかん箱の上に、
保温ポットと、ティーカップと一式と、紙片が置かれている。

紙片には、こんなことが書かれている。

有客自遠方来
点茶以歓待之
磊磊落落
渦不来

――Kinoscu

「磊磊落落って、落石注意みたいな意味?この廃ビルが崩れるのかな」

「リノルナ。それはカルパティア山脈ではストリゴイと呼ばれるたぐいです」

ぼくは、リュックからウサギ人形を取り出して、
左手をくぐらせる。

ぼくは、安楽椅子に身体を深く沈めたまま、
ウサギ人形の表面をゆっくり観察する。

それから、ウサギ人形をひっくり返して
ウサギ顔を仔細に調べる。

ウサギ人形の口が開いた。

「おまえ。バカなのか?磊磊落落ってのは、おまえのことだ。
だけど、オレはおまえのことをけっこうなワルだと思ってるぜ」