占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂 第19話「見られた」

その日は、特別な日ではなかった。
予約も、いつも通り。

鑑定の内容も、取り立てて重いものじゃない。

店内の空気も落ち着いていて、
ぼくはただ、いつもの手順をなぞっていただけだった。

少しだけ違っていたとしたら、
自分が思っていたより、疲れていたことくらいだ。

鑑定が終わり、
ぼくはお釣りを出すために、
鑑定台から離れて金庫のほうへ向かった。

その、ほんの数秒のあいだに。

振り返ったとき、
常連客が、鑑定台の裏側に回り込んでいるのが見えた。

くるりと、
ごく自然な動きで。

そして、
ぼくの椅子の背もたれに、
手を置いていた。

ぼくは、びっくりして、
思わず大きな声を出してしまった。

「あなたいま、そこに座りましたか?」
「いえ、こっちから見たらどんな景色なのかなって」

悪気のない声だった。
いつもの、軽い調子。

「いいから、ゆっくりそこから離れて。
 こちら側に戻って来てください」

自分でも驚くほど、
声が強ばっていたと思う。

「先生、どうしたんですか。ただの冗談ですよ」

客は苦笑しながら、
言われた通りに席へ戻った。

会計を終え、
帰り支度をする間も、
その人は何度もこちらを気にしていた。

「あなた、本当になんでもないですか」
「というか、先生の方こそ顔が真っ青ですよ。お加減、大丈夫ですか」

「まあちょっと。
 風邪を引いてるかもしれないです」

そう答えると
相手は納得したように頷いて、店を出て行った。

扉が閉まったあと、
ぼくはすぐにサーチをかけた。

特になにもない。

侵入者はいない。
結界が突破された形跡もない。

それなのに。

ぼくの背筋は、
凍りついたままだった。

誰かに見られた。

いや、まさか。
だって、なにも起きなかったんだから。

店内をゆっくり見渡す。
配置も、空気も、いつも通り。

ただ、
ここはもう「店」ではなく、

計測可能な三次元の立方体として、
剥き出しの状態で、

そこに、存在してしまっていた。