
占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂第17話「理由を説明しない店」
閉店前のほしよみ堂は、いつもより少し静かだった。
静か、というより、
音がきちんと収まっている、という感じに近い。
焚いていたお香の匂いは、もうほとんど残っていない。
紙と木と、ほんの少しの人の気配だけが、店に戻ってきている。
リノルナは鑑定台の上を片づけながら、
最近、お客からよく聞かれる言葉のことを思い出していた。
「前から、ここにありましたっけ?」
それは質問というより、
確認に近い口調だった。
「気づいたらこの店、あった感じがしますね」
そう言われることもある。
どちらも、間違ってはいない。
でも、正解でもなかった。
店は、変わっていない。
場所も、配置も、やっていることも。
ただ、
“理由”に触れられそうになる回数だけが、
少しずつ増えていた。
リノルナは布を畳み、道具を元の位置に戻す。
動きは一定で、急ぐ様子はない。
説明しようと思えば、
いくらでも言葉は用意できる。
でも。
それを始めた瞬間に、
何かが次に進んでしまうことだけは、分かっていた。
そのとき、扉が鳴った。
カチャン。
音は軽かった。
客の入り方ではない。
扉の音に、リノルナは手を止めなかった。
入ってきたのは、【筋】の道具屋だった。
今日は紙袋を持っていない。
「閉めるところですか」
「そうです」
短いやり取り。
それ以上の挨拶はなかった。
道具屋は店内をひと目見回し、
鑑定台の前ではない椅子に腰を下ろした。
その位置は、いつもと同じだ。
「今日は、売り込みじゃないのですよ」
「そういう日は、だいたい長くなるんですよね」
道具屋は、少しだけ笑った。
「いや、これは、どうも。じつは今日は“お願い”に近いのでして」
リノルナは布を畳み終え、
鑑定台の端にきちんと揃えた。
「内容によります」
「それが、説明しないでほしいのでして」
唐突だったが、
言い方は慎重だった。
「つまり、この店が、ここにある理由をね」
リノルナは、すぐには答えなかった。
湯を沸かしはじめる。
この人が来ると、自然に動線が増える。
「誰に、ですか」
「誰にも」
道具屋は椅子に深くもたれた。
「最近になって、わたしも把握したところです。
どうやら嗅ぎつけてるのがいるっていうので、
それでわたしにお役が回って来たと言うわけで」
リノルナは、道具屋の話を聞いているのかいないのか、
道具屋に背中を向けて、ただお湯が沸くのを待っていた。
「“いい場所だ”とか、
“線が落ち着いてる”とか、
そういう言い方をする連中なんですがね。
リノルナさん、最近そんな連中、来ていませんか」
リノルナは湯気を見ながら、静かに言った。
「説明しなければ、どうなるんですか」
「たぶん、静かに終わります」
「説明したら?」
「次が来ますでしょうね」
湯呑みを置く音が、店に落ちる。
「ぼくは、聞かれたことには答えますよ」
「それがですね、
そもそも聞かれないようにしてほしいんで」
道具屋は、はっきりと言った。
「ここが、
“なぜ在るか”に触れさせないでください」
リノルナは一度だけ、目を伏せた。
説明しない。
否定もしない。
隠しもしない。
ただ、
“理由の手前”で止める。
それは、
なにもしないようでいて、
一番、気を使うやり方だった。
「これは、依頼ですか」
「はい。それがまた【筋】からでしてね」
即答だった。
「じゃあ、報酬は?」
「ありません」
リノルナは、湯呑みを手に取った。
「……分かりました」
「受けますか?」
「ええ。
ただし、ぼくは何も言いません」
「よろしゅうございます」
道具屋は立ち上がった。
「説明しないっていうのは、リノルナさん。
ずいぶん勇気の要ることでしょうがね」
「知ってます、占い師ですから」
扉の前で、道具屋は一度だけ振り返った。
「静かな店ですね」
「だって、閉店時間だもの」
カチャン。
扉が閉まり、
店には、また音が収まった。
リノルナは、鑑定台の前に立ち、
何も置かれていない空間を見た。
説明されない理由。
語られないまま残る場所。
その時だった。
コン、コン。
と扉をノックする音が聞こえた。





