
占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂 第15話「リノルナの椅子」
新しく入ったスタッフに、
ぼくが最初に伝える決まり文句があるんです。
「この椅子には、座らないでください」
理由は言わないし、
過去の話もしない。
冗談めかすことすらしない。
ただ、それだけ。
窓際の、
ぼく専用の鑑定台の奥に置かれた、
ごく普通の椅子。
古くもないし、特別な装飾もない。
偉そうに振舞いたいから、というわけでもない。
だって、そもそもお店の椅子は、セットで買ったから
全部いっしょだ。見分けはつかない。
でも。
この椅子に座ったスタッフは、
全員、辞めてしまった。
その中のひとりが、
トラブルの多いスタッフだった。
言葉が軽く、
お客の人生に踏み込みすぎる。
注意すれば謝る。
けれど、繰り返す。
悪意はない。
自覚も、なくて。
「この仕事、向いてると思うんです」
そう言って、
辞める気配はない。
その日は雨。
ぼくは外出していて、
店には戻らない予定だった。
だから、これは後から聞いた話。
閉店後、
彼女はひとりで店に残り、
ぼくの椅子に座ったらしい。
理由は分からない。
試したかったのかもしれない。
でも、ほんの数分だけ、
座った。
翌日、
彼女は顔色を変えて言った。
「……先生。
ここ、何かいますよね?」
ぼくは、少し考えてから答えます。
「どうして、そう思ったんですか」
「見えたんです。
昨日から、ずっと、いまも」
詳しくは話さなかった。
話せなかったんだと思う。
あの椅子に座ると、
ぼくの感知が、そのまま流れ込む。
でも椅子自体に、
パワーがあるわけじゃない。
ぼくがその椅子を
位置として使いすぎて、
そうなってしまったみたい。
だから座ったからといってパワーを扱える、というわけじゃない。
境界を受け取るだけで、溢れてしまう。
処理できないまま、
オーバーフローしてしまう。
通路化してしまう。
「こんな恐ろしいところ、
もう居られません」
その日のうちに、
彼女は店を辞めました。
その後も、
同じようなことは何度かあった。
この3年間で、数人。
共通しているのは、
誰も、詳しい理由を語らなかったこと。
そして全員が、
自分の判断で去っていったこと。
だから今も、
新しいスタッフには、同じことを言う。
「この椅子には、座らないでください」
理由は言わない。
説明もしない。
「言葉」にした瞬間、ぼくの場合、
それは「行動」になる。
「行動」になった言葉は、
人を壊すことがあるから。
いま、雨の夜。
店内は静か。一人きり。
ぼくはひとり、
リノルナの椅子に座っている。
世界が、
これ以上こちらに来ない。
今日は、それだけでいい、と思う。





