占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂⑪「潮の匂い」

ぼくは、ドアの前にかかった札を裏返して、
「Closed(閉店)」
と表示した。

今日は「臨時休業」だ。
いま、決めた。

理由はとくにない。

強いて言えば、
急に新鮮なお刺身が食べたくなったから。

でも、こういう理由は、だいたい後づけなんだ。
ただ、自分の不可解な行動を自分に説明する言い訳。

ほんとうは、もっと手前で決まっていて、
ぼくの身体が先に気づく。
だからぼくは行動が先で、考えるのはいつも後。

店の鍵を閉めて、車に乗りこむ。
ナビは入れない。

京都の北端へ向かって、ただ車を走らせた。
山を越え、日本海側に出る。

信号が減って、潮の匂いがした。
まだ海は見えていないのに。

でも、たしかに分かる。
この感じを、ぼくは知っている。

ハンドルを握る指先が、わずかに、じん、とする。
身体の中の配線が、ゆっくり組み替えられていく感じ。

海の気配がする。
アクセルを少し緩める。

無理に急ぐ必要はない。
見えているからといって、
行かなければならないわけじゃない。

ぼくは舞鶴港のそばの、小さな店に車を停めた。
観光客向けというほどでもなく、
地元の人が昼に入るような店だ。

カウンターに座る。今日のおすすめを聞いて、
言われるままに「お造り定食」を頼んだ。

皿が置かれる。
白身。
青い魚。
少し脂ののった赤身。

どれも、ちゃんと美味しい。
いや、とても美味しい。

そして海は、穏やかだった。

近づいてもいいし、
近づかなくてもいい。

今日はそれだけで、十分だ。
車に戻って、エンジンをかける。

あ。そうだった。今回は一人でだけど、
どこかに寄って
甘いお団子とお茶を頂こう。

それで、やっとひと区切りがつく。