その1へ

「今夜、きみがあの部屋に一泊し、お化けの存在を確かめてほしい。可能ならば、お化けを浄化して客室として使えるようにしてほしい。もしも成功したら、寸志を出すよ」と社長は、成功したらボーナスを出すと明言しました。

お給料とは別にボーナスが出るときいて、ぼくは喜び勇んでお化け退治の依頼を受けることにしました。さっそく今夜の準備のために、お化け退治の道具を揃えにホテルの近所にあるコンビニ『サンクス』まで出掛けました。

ぼくのお化け退治の方法は、すこし特殊かもしれません。お化け退治に必要な道具は「ポテトチップス」と「コーラ」です。ほんとうはそうでなくてもいいのだけれど。もうすこし正確に言うと「食べ物」と「飲み物」が必要なのです。

お化けその他、霊的な現象を浄化したいと思ったとき、ぼくはその場所に乗り込んでいき、縄張りを主張します。「宴」を開催する、というとそれっぽいのかもしれないですね。その場所がまるで自分の家であるかのように、楽しく、くつろいで、時を過ごすのです。

ぼくが食べ物が必要、と言うのを聞いてホテルのカラオケ部門と厨房部門のチーフが、ピザやチキンやフレンチフライなどをあの部屋に運び入れてくれました。

あの部屋はひざびさにドアが開かれ、人々が行き来し、食べ物がつぎつぎと運び込まれ、ほんの一瞬だけ活気に満ちました。

狭い室内を圧迫するように、部屋の真ん中にセミダブルベッドがかなりのボリュームで置かれていて、そのすぐ脇の窓際には一人掛けのソファチェアと小さな丸テーブルが置かれていて、その他にはテレビ台にはブラウン管のテレビとその下の小型冷蔵庫。

テーブルの上にはピザやチキンやポテトが湯気を立てています。でも、ちっとも楽しそうじゃない。天井からの照明も十分なはずなのに色彩も鮮やかさが失われ、すべてが灰色がかって見えます。

部屋の四隅に影ができていて、ゆらゆら生き物みたいに揺れて見えます。

いまは、あの部屋にはぼくひとりだけ。人々が去り、ドアが閉まってしまうと、一気に室内の気温が下がったように感じました。吐く息が白くなるのではないか、というくらいの寒さを感じました。

お化けって、出てくるとき気温が下がります。だからすぐ分かる。日本ではお化けのシーズンと言えば夏ですが、アメリカでは冬。もしかしたらお化けって寒いほうが得意なのかもしれない。

<カチン>

バスルームのほうで、金属的な音がするのが聞こえました。

(はじまったかな)

とぼくは思いました。

その3へ