リノルナがお化け退治を始めたのは、いったいいつ頃からなのか。

それはリノルナが9歳の頃までさかのぼります。その頃、ぼくにとって越えるべき課題となっている、そして強敵でもあるお化けが2体おりました。

ぼくはいま49歳ですので、40年前のことです。その頃のぼくはお化けを視覚的に認識することが出来ました。けれども、お化けと戦う手段をひとつも持っていなかった。

ぼくは両親とともに東京に住んでいました。ぼくは小学生で、学校が夏休みや冬休みになるたびに、両親の故郷である九州・福岡に里帰りしていました。父方の祖父母が住んでいる北九州市、母方の祖父母が住んでいる福岡市に半分ずつお世話になるのです。

北九州の父方の実家には、足の長い女の子のお化けがいました。足が長くて、素足で。実家の玄関に入りますとすぐに二階にあがる階段があるのですが、階段の途中に女の子の両足が立っているのが見えます。女の子、といってもぼくよりもだいぶん年上だと思います。素足で、乾いた泥で脛の辺りが汚れています。それより上は一階部分の天井に隠れていて見えません。そいつは踵を返すと、階段を上って行きました。

そいつは、直接的な攻撃を行いません。そいつはぼくがこの家にひとりでいるところを狙います。階段を駆け上る音をさせたり、開くはずのないふすまが突然ガラッと開いたり、壁に釘で止めてあり落ちるはずのない大きな笊(ざる)が突然ドンッと落ちたりして、ぼくに恐怖を与えるのです。

ぼくは怖くて、祖母に報告するのですが、祖母はほほえましく笑みを浮かべるばかりで、信じてくれません。なんだかぼくはただ注目を浴びたいだけの嘘つきの子供になったみたいな気持ちです。

祖母はぼくが報告をするたびに「Yさん」のところに相談に行きました。Yさんは祖母が信じて通っている祈祷師です。

ある日、ぼくが家に一人でいると、一階のトイレの床に得体の知れない黒い液体状のものが広がっていて、その回りに蛆虫が沸いているのを見つけました。強烈な獣臭がします。

「まあ! 蛆虫なんて今どき珍しい。昔のトイレにはよくいたものだけれど」

と買い物から戻った祖母は微笑みました。

この家はとても新しい家なのです。ぼくの父が生まれ育った本当の生家は、いまは高速道路の建設用地となっていて、その土地を立ち退いて、新しい土地に新しい家を建てた。

真新しい、誰も知らない家。

祖母は、ぼくの報告を笑顔で聞いて、買い物袋を台所のテーブルに置くと、また出掛けて行きました。Yさんのところに行くのでしょう。Yさんのご祈祷はとても高価なのです。

高価だけど、なにも改善しないYさんのご祈祷。

ぼくは祖母になにも報告してはいけない。ぼくは一人で怖い思いをしなければならない。なぜならば、たぶん、あいつはこの家のお金をたくさん使わせて、家計を傾かせて、一家をちりぢりにしたいんだ。

(その2へ)