子どもの頃の話。

ある冬の夜。リノルナは布団の中で目を覚ましました。何か夢を見ていたような。何の夢だったかな。思い出せない。

学習机とタンスの間の床に敷かれた布団の上でぼくは体を起こしました。真夜中。カーテンの隙間から外の街灯の光が差し込み、部屋の中を薄く照らしています。辺りはすごく静かです。父も母も自室で眠っているのでしょう。

ぼくは残留しているビジョンをひとつひとつ点検しました。

(真夜中の小学校の校庭)

(校庭の真ん中に立つ)

(夜空を見上げる)

心臓がドキドキと高鳴りました。きっとこれらは、いますぐ行動すべき事柄なんだ。ぼくは音を立てないように着替えを済ますと、ポシェットを身に付けました。

「おまえもいっしょに行く?」

と、ぼくは赤い着物のあの子のいる方向にささやき声でつぶやきました。

<カチン>

ぼくはドアを開け、廊下に出ます。金魚の水槽の蛍光灯が玄関を青白く照らしています。電気をつけなくても大丈夫。玄関の鍵も開いています。

ぼくは簡単に外に出ることが出来ました。いつもの通学路を歩きます。歩きながら考えました。閉まっている鉄製の校門をどうやって突破しよう。洋服を汚さずによじ登れるかしら。そもそもよじ登れる構造だったかしら。

校門は、施錠されていませんでした。ちょうどぼくが通り抜けられるくらいに、うっすらとした隙間が開いています。

ぼくは校庭の真ん中あたりまで歩いていきます。辺りは真っ暗闇。校庭の砂を敷いた地面も真っ黒。校舎も黒いシルエットになって浮かび上がっています。

「たぶん、ここだ」

ぼくは顔を真上にあげて、夜空を見ました。

プロキオン。シリウス。ベテルギウス。

冬の大三角が見えます。

すると、黒い地表が足元から変わり始めました。一枚ずつ裏返るように、闇は白へと移り、その白は光を含んで、やがて羽の形をとりました。

金色の粒子が羽の縁をふちどり、羽は羽を呼び、地平線の向こうまで連なっていきます。夜はまだ終わっていないのに、世界だけが先に、色を変えていきました。

「おい」

突然、懐中電灯の眩しい光がぼくの顔に当たって、ぼくは一瞬、視覚を奪われました。

「おい。こんなところで何をしている」

学校警備員のおじさんが懐中電灯を手にして立っていました。校舎を巡回中、ふと窓の外を見ると、校庭の真ん中で立ったまま動かない子どもの人影を見つけた。学校のお化けだと思ってぞっとしていたが、勇気を出して確認しに来たとのこと。

「俺は寿命が縮まったよ。いいからもう帰りなさい」

言われたとおりに帰ろうとぼくは歩き始め、ふと立ち止まりました。あの子の気配がしたからです。

振り返ると、あの子はさっきの地点に立ったまま、じっとぼくを見つめていました。

(つづく)