
リノルナはKさんの案内で、Kさんが元住んでいたという、一軒家まで行くことにしました。
彼のアパートを出て南へ。早稲田通りを越えて阿佐ヶ谷方面へ20分ほどゆっくり歩きます。「早稲田通り」というのは東西に延びる大きな道路で、東京を南北に貫く「環状7号線」や「環状8号線」などと交差する主要幹線道路です。
お化けは、ふつうは早稲田通りのような大きな道や、川などを横断することが出来ません。なぜならば、道路や川は、霊的な結界として機能するので。横断歩道や橋のたもとなどでお化けが目撃されやすいのは、そのためです。
ちなみにお化けは、経験上、直進しか出来ません。なので、もしもあなたがまだ取り憑かれていないのならば、道の角を曲がれば、簡単にお化けを撒けます。あとは、横断歩道や橋を渡れば完璧。追い付かれることはまずありません。
でも今回のお化けは、自分で通路を作りました。なぜだろう。そして、すくなくとも死んでほやほやの人間に、通路を作るような力はないのです。だから、ということは、だいぶん古くて年期の入ったお化けなのかしら。
そんなふうに考え事をしながら歩いていると、突如、彼の家がぼくの目の前に現れました。Kさんがぼくの肩を軽く叩きました。どうやら目的地に到着したようです。
2階建てで敷地一杯に建つ箱のような建物。1階部分には窓がなくて、サッシのドアが1つあって、これがたぶん玄関。家というよりも倉庫か工場みたい。そのドアを封印するように、お札が二枚、頼りなさげに貼られています。
「リノルナさんよ。このお札、意味があると思うかい?」とKさんが剥がれかけたお札を指差しながら、訊ねました。
「意味があると思いますよ。だって、ぼくの力が家のなかに及ばないもの。おかげでサーチできなくて、中のことがさっぱり分からない」
Kさんは、お札を手で伸ばすようにしてドアと外壁の継ぎ目に押し付ける作業に熱中しています。週に1回はここを訪れて、お札が剥がれていないかチェックする、とのこと。
ぼくはドアノブをガチャガチャと回してみました。鍵が掛かっていて、ドアは開きません。
「Kさん、鍵が掛かっています。鍵を持っていますか? ドアを開けてください」
Kさんは鍵を持っていたけど、ドアを開けてくれませんでした。中は凄まじい有り様なのだそうです。
「奥さんが犬好きでよ。まあ動物好きというのか。一階で犬を放し飼いにしていたんだ。でも犬っころだからよ、そこら中で小便垂れ流しで、とにかく臭いがすげえんだよ。それに犬の小便やなんかで畳が腐って、床が抜けてる。俺らは二階で暮らしてたんだけど。荷物も置きっぱなしで、取りに行きてえが、無理なんだ。床が抜けて、階段まで行けねえ。犬は死んだんで、床下に埋めてやった」
「奥さまがお亡くなりになったのも、ここで?」
「いや、タクシーで病院に行って、病院で死んだよ。3年くらい前の話だ」
「Kさん、教えてください。Kさんは『死人と一緒に暮らしたくねえし』って言いましたよね。奥さまも、犬といっしょに床下に埋めましたか? この件、だれかに相談なさっていますよね。そしてお札を貰って、引越しもした。この家の2階に、あなたが小笠原の海で見つけた白磁の骨壺が置いてありませんか?」
鍵の掛かったドアも結界として機能します。ぼくは家の中に入ることが出来ません。そしてKさんは、ぼくの質問に、明確には答えませんでした。
Kさんは、正確にはぼくの依頼者ではないけれど、協力が得られないのであれば、お化け退治というものは大抵難航します。そして迷宮入りするのが、お約束なのです。
さて、お化けは【犬】【奥さま】【骨壺】いったいどれなんでしょう。