(その1へ)

近所の公園のベンチにKさんとリノルナが腰を掛けていると、足元に鳩が集まってきました。

Kさんはコンビニ袋から焼酎のワンカップを取り出して蓋を開け、中身をひとくち飲むと、タバコをくわえ、カップはベンチの脇の置きました。つぎにコンビニ袋から食パンの袋を取りだして、中身のパンを細かく千切り、地面にばらまきました。

鳩がKさんの足元にひしめき合ってパンくずを奪い合っています。遠くの空から追加の鳩の大群が飛んできます。

「鳩に餌やるな、ってよ。俺に文句いうやつらがいるんだ。糞がスゲーからやらないでくれってよ。馬鹿が。餌やらなかったら、鳩が死ぬだろうが」

Kさんのコンビニ袋には、ちくわやさつま揚げや鯖の水煮缶などが入っています。てっきりこれからこの公園で、Kさんの酒盛りが始まるのかと思ったら、これらはあとで野良猫にやるのだそうです。

Kさんは、中学校はなんとか卒業したけど、悪いことばかりして少年院に長いことお世話になって、退院後は溶接工や学校の体育館の屋根の葺き替えなどをしていた、と話してくれました。

「いちばん儲かったのは、小笠原の海辺でよ」とKさんが言いました。

「そこは米軍だか、日本だかの立ち入り禁止区域でよ。沈んだ軍船や民間の船や、不発弾やら山ほどあって、危ねえからって誰も入れねえところに、おれたち行かされて鉄くず拾いしてたんだ。いや、仕事自体は重労働でよ、こんな仕事が割に合うわけねえ」

だが、なかに頭の良いヤツがいて、海から珊瑚を採って内地に戻って禁制品として金持ちに売り、大金をせしめたヤツがいた。Kさんも真似をして珊瑚を採って別の金持ちに売り20万円もの大金を得た。

お金になる形の良い珊瑚はすぐなくなってしまったけれど、味をしめたKさんはかわりに色々な物品を本土の古物商のもとに持ち帰るようになった。だが、たいした稼ぎにならない。

「でもよ、白磁っていうのか。きれいな壺を見つけたんだよ、蓋がついてて。高く売れそうでよ。だけど見せたら、そりゃ骨壺だって言うんだ。買い手がつかねえって」

ただKさんは白磁の壺が気に入り、しばらく手元に置いていた。

「Kさん、その壺はいまどこにあるの?」

「もうない。捨てた」

Kさんは、鳩の世話を終え、ぼくを部屋に案内しました。ドアを開けると板張りのキッチンスペースがあり、所狭しとゴミ袋が積み上がっています。板張りの床にはタバコの吸い殻が散らばり、土ぼこりが溜まっています。いわゆるゴミ屋敷です。奥に畳敷の和室があるようです。部屋のなか全体に強烈な獣臭がします。

「さ、ズズーッと奥へ。和室のとこまで、土足で行ってくれ。畳の部屋は靴を脱いでくれ」とKさん。

ぼくは靴のままタタキを上がり、奥の部屋を目指して歩きます。いまのところ霊的なパワーは感じません。ぼくの力も自動発動しません。物が多すぎるので、物の気配が乱反射してうまくサーチできないのです。物の気配と、霊的なパワーはすごく似ています。判別がとても難しい。

そして、この強烈な獣臭。野生の獣の臭い。ヒントは、この獣臭かもしれない。経験上、獣臭を残す霊的なクラスは【妖怪】です。

Kさんは、先に和室にたどり着き、奥についている窓を開けると容器を取って、そのなかに鯖の水煮と細かく千切ったちくわとさつま揚げを詰め込むと、窓の外に体を伸ばし、窓のすぐ下の地面に置きました。野良猫の餌だそうです。

窓の外は向かいの家の壁で、景色は見えません。でも、なにかパワーを感じます。だいぶん遠いです。ぼくは靴を脱いで、和室に上がり、Kさんのすぐ脇に立ちました。

「Kさん、その野良猫は部屋のなかに入ってきますか?」

「いや、入ってこねえ。ていうかよ、最近、餌食いに来ねえんだ」

「Kさん、ここから南に1キロほどすこしだけ西のところなんですけど。なにか心当たりはありませんか?」

と言うのも、南に1キロの場所からこの窓のところまで、まっすぐに霊的な通路が出来ていることを発見したからです。

「俺のまえ住んでた家がある。一戸建て。妻の家だけど。妻っていうか内縁の」とKさんは言いました。

「そいつが死んでよ。だからここに引っ越したんだ。俺、死人と一緒に暮らしたくねえし」

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