いまから20年くらい前の話です。そのころリノルナは東京にいて、小さな会社をやっておりました。

その当時、ぼくはとある不動産屋さんと契約をしていました。地域密着の小さな不動産屋さんで、いい物件もたくさん持っているけど、訳ありの物件も抱えている。訳ありの物件は家賃が安くて、それなりに需要もあるものです。しかし、その物件が訳ありでなくなったとしたら、価値が上がって、これはビジネスになる。

ぼくはその不動産屋さんと「心理的瑕疵(かし)物件に関する処理」についての契約を結んでいました。いわゆる「お化け退治」です。

ときどき不動産屋さんからぼくに連絡が入ります。ぼくは指定された物件にしばらく滞在して(拠点を制圧する力を使って)その場を浄化します。そして、ある程度まとまった報酬をもらう。

ただ今回の依頼は、いつもとすこし変わっていました。その物件には、まだ居住者がいる、というのです。

居住者は、名前をKさんといい、60歳代の男性。独り暮らし。体が悪いので、ヘルパーさんの訪問を受けている。そして最近、夜になると部屋のなかをどこからか女の生首が転がってきて、ちゃぶ台の上でピタリと止まり、生首は居住者に向かってニタニタ笑みを浮かべるということ。

居住者が生首の話をヘルパーさんなどにしゃべるので、良くないウワサになり始めている。

「先方には、その筋の専門家が行くって伝えてある。Kさんの携帯電話の番号を教えるわね。それからね、リノルナさん。そのお部屋に行くときね、替えの靴下を持っていった方がいいよ」

ぼくはKさんと連絡を取り、翌朝の7時半に彼の住むアパートの前で待ち合わせることになりました。

翌日朝、7時30分。西武新宿線「都立家政」駅からすこし離れた雑多な住宅が立ち並ぶ地域。その一角に、彼の住むアパートはあり、ぼくはその建物の前に立ち、タバコを吸いながら、彼が出てくるのを待っていました。

平屋の長屋風のアパートで、狭い路地に面してドアが4つ、すりガラスの小窓が4つついています。居室が4つあるということなのでしょうか。薄汚れて生活感のないアパートで、どのドアにも表札も出ていないので、Kさんの他の居住者がいるのかどうか、見た感じではわかりません。

Kさんは、結局20分ほど遅れて、路地の角から姿を表しました。100円ローソンで買い物をしてきたとのこと。手にパンパンに物が入ったコンビニ袋をぶら下げています。

「あんたがリノルナってのか、まじない師の。ここじゃなんだからよ、ちょっと公園に行こうや。いや、すぐそこ」

(その2へ)