
「Kさんのアパートは事故物件ではなくて、本当の事故物件は別にあります。その地所の権利はKさんの亡くなった内縁の奥さんで、Kさんは鍵を持っているけど、ぼくを中に入れてくれない」
リノルナは携帯電話で依頼主の不動産屋さんに、そのように伝えました。
そして次のようにも伝えました。Kさんの部屋の南側の地点に『まち針のおまじない』を施したこと。それによってお化けの作った通路が遮断されること。今後はKさんが生首を見ることがなくなるだろうこと。
「でもまだ終わっていないと思います。なにか異変がありましたら、すぐにご連絡を」
ぼくはホテルの広いロビーに一人佇んで、二つ折りの携帯電話を片手でパチンと閉じると、通話を終えました。
ここは小田原・箱根エリアにある、とある大きな温泉ホテル。ぼくは別件のお化け退治の調査のためにかれこれ三日間ほど、この古風なホテルの中を行ったり来たりしていました。
この古びた巨大ホテルは山の斜面に建っていて、温泉人気の隆盛に合わせて増改築を繰り返し、旧館と新館と別館がそれぞれいびつな形で繋がっている構造です。山の裾野と中腹にそれぞれにエントランスが設けられ、それぞれにチェックイン・カウンターとロビーがあったりする、迷路みたいに複雑な構造です。景気の良いときはさぞ賑わったことでしょうけど、いまは客足が遠退いて、中は閑散としています。
この三日間で発見したことは、ロビーや廊下に張られた絨毯の色の違い。ある地点までは絨毯の色は【赤】ですが、ある地点から【緑】に変わるのです。どうも旧館と新館の違いでもないみたい。すごく広範囲にわざわざ別の色の絨毯に張り直したものなのか。
ぼくが立っているのは【赤】の絨毯のロビー。隅に閉鎖されたお土産物コーナーがあって、そこにお化けが一体いるのは感知しています。そして、このロビーから一本道で行けますが距離があって、たどり着くには複雑な手順が必要な、【緑】の絨毯が敷かれている、レトロゲームを集めたゲームコーナーにも、お化けが一体。
この二体はパワー的に元親子か、元姉妹で間違いない。そして絨毯の色が結界になって、二体は離ればなれになっている。ここまでは確定です。
そして、ここからは推測だけど、じゃあ二体はお互いを探して、その結果として怪異が引き起こされている? 火事――いまビジョンが浮かんだけど、もしかして二人は火事で死んだのかしら、そして火事の後の改装工事のとき【赤】は火事を連想するので忌避されて【緑】の絨毯が敷かれることとなった?
このホテルで火事があったのか、調べてみないと。ホテルの人に聞いても、正直に答えるか分からない。図書館か、地元の新聞社で裏をとってからがいい。
そんなとき、Kさんから連絡が来ました。大至急、話したいことがあるそうです。
ぼくはいったん東京に戻り、西武池袋線の中村橋駅前のマクドナルドでKさんと待ち合わせました。
マクドナルドの二階のテーブル席で、Kさんは細長い透明な容器に入った白い粉のようなものをぼくに見せました。
「それは、お骨ですね」
「リノルナさん、あの骨壺だけどよ。あんたに見せたらアレ、供養するのか」
「Kさん。ぼくは供養する方法は知らないんです。徐霊というか、浄化というか、お払いというか、ただソイツを殺すだけ。あるいは、ぼくがソイツに殺されるだけです。強い方が勝ちます。霊格と霊格の戦いだから、すごくシンプルなんです」
Kさんは、お骨の容器の蓋を取ると、一気にらっぱ飲みでもするみたいに、お骨をざらざらと口のなかに放り込み、飲み下してしまいました。
「Kさん! どうして――」
「あの家の鍵も、こうやって飲み込んで。そうして俺が死んだら、みんな焼かれて骨壺のなかだ」
アハハハハハ、とKさんは店中に響く大声で笑い声を上げました。ぼくは唖然とKさんを見守るしかありませんでした。もう手を引け、ということなのでしょう。ぼくはKさんに承知いたしました、とお辞儀をし、席を立ちました。
数ヵ月後。ホテルの案件も難航中で、絨毯を敷き直す、敷き直さないで費用面でホテル側とぼくとが揉めている頃。不動産屋さんから連絡が来ました。
「リノルナさん、Kさんがね、死んだって。ヘルパーさんから聞き出したの。全身が蛍光イエローみたいなすごい色になって、アパートの外で倒れていたのをヘルパーさんが見つけて、即入院ってなったんだけど。肝硬変っていうの? 死んじゃったってさ」
すでに部屋には特殊清掃業者を手配した、とのこと。部屋で死亡しなかったので、事故物件にはならなくて済んだけど、ごみ屋敷の清掃をするためだそうです。そしてKさんには綾瀬に実の姉がいることが判明し、身元の確認はお姉さんがなんとかしてくれたけど、ご遺体の引き取りは拒否されたとのこと。その場合は行政がご遺体をお骨にして、無縁墓地に入れるのが通常のコースです。
ぼくは、Kさんの一軒家に行ってみました。ドアノブを回してみるけど、ドアはやはり開きません。が、お札が無くなっている。
「ここは、やがてお化け屋敷になるだろうね。コツツボ、そうでしょう?」
ぼくは二階を見上げて、お化けにそう言いました。そして、きびすを返して、ホテルのお化け姉妹との決着をつけるために、小田原方面に向かいました。
(了)