占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂第20話「呼べない存在」

その客は、最初から少し呼び方がおかしかった。
「呼び方」というものに、こだわりがある感じだった。

「あの……
 先生じゃなくて、
 占い師さん、ですよね」

「はい。ぼくは占い師です。
 “先生”というのは、芸人さんを“師匠”と呼ぶ感じで、
 意味はあんまりないですね」

自分でも、少し軽すぎたかな、と思ったけれど、

相手は気にした様子もなく、
へえ、と小さく頷いただけだった。

「名前、なんて言うんでしたっけ。
 リナルノさん? 有名なんでしょ?

……あれ、違いましたっけ」

わざと間違えているのか、本当に覚える気がないのか、
判断がつかない言い方だった。

「あなた、ぼくの名前を知りたいんですか」

「え? まあ、そうですね」

「ぼくは、占い師のリノルナといいます」

そこまでは、いつも通りだ。

「いやほら、あの名前ですよ。呼ぶときの名前。
 占い師さん、ほら。
 ちゃんとしたやつ。
 ありますよね?」

……ああ。

ここで、分かってしまった。

「なんですか、
 ホロスコープですか。西洋占星術の話?」

と、ぼくは一応、逃げ道を作ってみた。

でも、その人は首を振った。

「いや、占いの話じゃなくて。
 ほら、もっと……
 こう、特別な名前というか」

なるほどね。

「あのですね」

ぼくは声を低くもしなければ、特別に構えもしなかった。

ただ、事実だけを置くことにした。

「あなたがその名前を呼んでも、それは来ませんよ」

「え?
 いや、だから、占いの話じゃなくて——」

「ええ。
 これは、占いではないです。だからです」

少しだけ、相手の目が泳いだ。

「いや、わたしはただ、あの名前を……」

「はい、そうです」

ぼくは、はっきり言った。

「あなたには、ただ、呼べないんです。
 呼んでも意味ないし」

沈黙が落ちた。

店の中の音が、ひとつずつ静かになっていく。
相手はそれ以上、何も言わなかった。

占いも受けず、
名刺も取らず、

少し居心地が悪そうに頭を下げて、
そのまま帰っていった。

扉が閉まる。

音が、
やけに軽く響いた。

ぼくは椅子に深く腰をかけて、小さく息を吐く。

「だって、名前は」

誰に聞かせるでもなく、独り言みたいに呟く。

「位置を決めるだけだから」

店内は、何事もなかったみたいに静かだった。

でも、なにも起きていなかった、
とは言えない感じがする。