占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂⑨「線を引く人」



鑑定が終わったあと、

「最近、いい先生に出会えて」

そう言って、客は笑った。

「線を引いてくれる人なんです。
 ここまでは考えていい、 
 ここから先は考えなくていい、って」

「線、ですか」

「はい。境界、って言ってました。
 越えなくていい場所があるって」

またかよ。頭にくるなあ。

「迷わなくていいって言われると、 すごく楽なんですよ」

その話を、
数日後、別の祓い師からも聞いた。

「最近さ、すごい人いるよね」

そう言って、彼女は声を落とす。

「人柄がいいの。すごく丁寧で、否定しないし、
 話をちゃんと最後まで聞いてくれる」

それはまあ、
人気が出るだろうなあ、と思う。

「メニューも多いよ。除霊って言ってるけど、 
 実際はもっと細かいの」

線引き。
思考整理。
不要な感情のカット。
安全な距離の設定。
判断の代行。

「その人に合ったやつを出してくれるんだって。 
 オーダーメイドみたいに」

「お客さんの入りはどう?」

「多いよ。紹介が紹介を呼んでる感じ」

彼女は、少し困ったように笑った。

「だってさ、みんな“楽になった”って言うんだもん」

別の同業者は、もっと率直だった。

「正直、羨ましいよ」

「なにが?」

「結果が早い。その場で変わった感じが出る。迷いが消えるから」

迷いが、消える。

「クレームもないし、依存もしないらしいよ」

その夜、店を閉めたあと、
鑑定台を拭きながら考えました。

人柄がよくて、 メニューが豊富で、 集客力もある。
しかも、 誰も壊れていない。

ただ――

「迷わなくていい」

その言葉だけが、 何度も頭に残っていた。

とある【筋】の道具屋を、
エレベーターホールまで見送りに出たときだった。

「少し、いいですか。リノルナさん」

「はい」

少し声を落として、確認するように聞いてくる。

「線引きは、出来ますか」

一瞬、意味が分からなかった。

「……線引き?」

「ええ。ここまで考えていい、ここから先は考えなくていい、そういう区切りのことです」

「まさか」

即座に言葉が出た。

「冗談じゃない。やりませんよ、そんなこと」

相手は、少しだけ意外そうな顔をした。

「出来ない、ということですか」

「出来ないし、それ、そもそも占いじゃない。
 それは判断を他者に預ける行為です」

道具屋は、肩をすくめた。

「まあ、そうでしょうね。ただ、需要はあります。楽になる、と言う方は多い」
「でしょうね」

エレベーターが来て、 扉が開く。
乗り込む直前、相手がぽつりと言った。

「……真面目ですね、あんたは」

「よく言われます」

扉が閉まった。
ぼくは、エレベーターホールにひとり取り残された。

なんなの、いったい。