
占い師リノルナの事件簿@京都ほしよみ堂①「境界の先」
ある日、京都ほしよみ堂の扉が静かに開きました。
占いの常連客が、顔を出します。
「リノルナ先生、今日は占いじゃなくて、お祓いをお願いします」
話を聞くと、彼の家は日吉大社を氏神とするエリア。
家に居ると、いつもどこかで気配を感じるということです。
「気になるし、正直、怖いんです」
ぼくは静かに頷きました。
うん、ちょっと占ってみよう。
店内に、凛とした緊張感が漂います。
その瞬間、ある予感が、ぼくを貫きました。
頭の奥で、〈カチン〉と小さな音がしたような気がします。
(……あの子なら、もうこれだけで踏み込んでいくんでしょうけど)
赤い着物の子の残像が、静かに動きました。
声も姿もありません。
ただ、あの子の気配と、決断の鋭さだけが、
ぼくの体内に残っているのです。
あんなに長く一緒にいたのだから、当然です。
やがて。
目の前に、
日吉大社――神霊級の聖域が見えてきました。
太古からそこに在る、古い山の神の領域。
そこへ、人間があとから神社を立てた場所。
身体に、微かな電流が走ります。
空気の厚み。
静寂。
音が吸い込まれる感覚。
ここが、境界です。
あの子の、【神格】レベルの霊格ならば。
恐れも躊躇もなく、神域の先へ踏み込むことも
可能なのだろうと思います。
でも、ぼくは違います。
慎重に。
正確に。
立ち止まる。
以前なら、いっしょになって
迷わず突っ込んだことでしょう。
でも――
あの子の影響もあって、
今は慎重に判断するのです。
「ぼくは、ここまで。それでいい。
ここからサーチしよう」
山の神域の結界は、
目に見えないけれど、
確かに存在していました。
結界の奥。
淀んだ気配。
依頼人の家に取り憑いた地縛霊が、
ここから力を得ているようです。
かつての地縛霊の案件であれば、
この距離でも十分に危険でした。
しかも今回は、神域という未知の境界。
近づけば、戻れないかもしれない。
だから、ここで止まる。
祓わず。
封じず。
侵入せず。
「ここで止まる」――
あの子が、
絶対に選ばなかった選択を、
ぼくはできるのです。
それが、
リノルナが占い師である証。
依頼人の家については、
霊的通路を意味のないものに変え、
安全を確保しました。
そして依頼人には、
一連の出来事と、
日吉大社とは無関係であることを
伝えるのみとしました。
たぶん、これでもう大丈夫。
帰り道。
夜の京都。
水分を含んだ風が、頬をかすめ、
路地に並んだ柳の枝を揺らします。
「今日の対処の仕方、あの子なら、
きっと怒ったかもしれないな」
でも。
「……それでも、
あの子と一緒に立っていた。
そんな感じがする」





