いまから20年以上前、ぼくに彼女がいたことがありました。短い間でしたけどね。細身で、身長が170㎝あって。彼女がヒールのある靴を履くと、ぼくより背が高くなる。とても颯爽とした感じです。太もものところにタトゥーがあるので、いつもパンツスタイル。

彼女は、とあるお店でNo.3のホステスをしていた。同伴と指名をいつも欠かすことのない売れっ子です。ちなみに、ぼくは当時はコンシェルジュを目指して、まあまあ名の知れた高級ホテルでベルボーイの仕事をしていました。

売れっ子ホステスと血気盛んで野心的な若者。なんだか恋愛映画に出てきそうな組み合わせですよね。

でも二人の間に、恋愛感情はほぼなかった。なぜならば、彼女はレズビアンであり、ぼくはバイセクシャルだったから。

二人の出会いは、とあるバーだったと思います。ぼくはバーカウンターの前に座っていて。

告白しますと、じつは少々飲み過ぎて、腰に力が入らなくなって立ち上がれなくなり、山となったライムの皮の残骸とテキーラのショットグラスを前にして、途方に暮れていたのです。

その様子が、彼女からみると、深刻な問題に頭を悩ませている知的な若い男性に見えたのだとか。

彼女はいわゆる不感症なのだそうで、男の人になにも感じない。相手の男性にとっても、彼女はなんだか不評なのだそうです。それでいつまでたってもNo.3の座に甘んじている。

「たぶん私は、女の子とだったらいけると思う」

と彼女は言いました。でも女性に告白するのは、勇気が出なくて、とてもダメ。

今回はぼくの風貌が中性的な感じだったので、おもわず声を掛けてみたのだそうです。そしてこの辺とか、この辺とか、キミは女性的だ、とぼくの体のあちこちを指差して褒めてくれます。

褒めてもらえたわけだから、ぼくもうれしいような。うれしくないような。

でも、だいたいカミングアウト以前の前提として、異性愛者の女性をつかまえて告白してみたところで、100%断られるのが関の山です。異性愛者に、同性愛者がカミングアウトする。それって、つまりは、お別れの挨拶みたいなものなのですから。

彼女のほうは、お試しでぼくと付き合ってみたいとのこと。普段なら、お試しで交際するなんて、ぼくは信じられないし、したくないのですが。彼女の身長が170㎝あって、なんとなく心惹かれたのは、たしかです。

いまならば、自分が恋愛モードに入る基準のひとつに【背が高いこと】が含まれていることを知っているけれど、当時はよくわからなかった。でも、彼女となら恋愛コースに進めそうな感じがしたのです。パズルのピースが一つ、ハマった感じ。

それでなんとなく、お試しで付き合ってみることにしました。それこそ、彼女のご要望通り、セックスに特化したお付き合いですよ。いま考えたら、とても信じられませんけど。

いろいろお互いがんばってみたけど、結果的には、やっぱり大失敗。いちばんイヤだったのは、

「うん、キミけっこういい線いってるから、性転換して女の子になってよ」
という、彼女の言葉。

彼女には申し訳なかったけど、ぼくは関係解消の申し出をしました。たしかに可愛いもの大好きで、女性的なところもあるのは否定しませんけど、ぼくの性自認はやっぱり【男性】なのです。